どこまでの道具使ってるかはわからないけどすごいな…
車のプラモだけでも値段と大きさで幾らでも選択できたし子供受けしそうな題材でガムがおまけのビッグワンガムもあった
…スーパーのお菓子売場にすらプラモデルが並んでいたのだ
イカレてる
凄いなこの時代の子
大多数はそのまま組んで満足して終わりだ
俺なんかおっさんになった今でも塗装できないのに…
新着記事
人気記事
まだ普通にカッターを筆箱に入れてた時代だろうし…。
あと、更に昔、戦前戦中世代だと、普通にソリッドモデルだし。
当時だと、工作で戦艦長門なり彫れて当たり前だとか。
航空模型教育として、ハミルトン・プロペラの模型の木削り出し(小6相当)とかあったとかで。
昔のミニ四駆とかラジコンの大会の映像観ると
どう考えてもこれ大人がやりやがった的な改造車持った子がいっぱいいたけど
もしかしてあれらも全部あの子らが自分で…?
これぐらい簡素化しないと子どもが作れない。という名目でseedのコレクションシリーズが誕生した時期からわずか十数年くらい前やろ
なんでそんな短期間に人類退化しとんねん
右に商品を書いているのが分かりにくい
3つ上の兄の影響で、ド下手ながらも小4でホワイトベース全塗装で完成させた
それが凄いコトじゃなくて、
級友もアタリマエのように3段変形バルキリーを全塗で完成させるとかしてた
そんな時代
今の子供より遥かに時間が余ってたから…
雑誌ライターモデラーですら年々技術は退化してる。
トリコロールのガンダム作るだけでも今ならパチ組みで終わるがその前は部分塗装込み、さらにイロプラですらない時はフル塗装、スプレーやエアブラシが珍しい頃は全面筆塗りが常識。
それを小学生十人いれば五人は頑張ってやってたんだから。
プラ板加工でも合わせ目消しでも何でもそう、キットの仕様で出来てないものは努力して上級者の真似で覚えて、そのうち誰の師事もなくオリジナルであれこれ弄れるようになる。
当時エポキシパテとかプラバンプラ棒とか決して安くはないのにお小遣いの大半を注ぎ込んではゴミのようなものを飽きずによく作ってた
今は百均とかで色々代用できるけどなんもしてないわ
プラモみたいなインドアの極致な趣味でも、友達と肩並べて作ったり見せ合ったりするほうがモチベーション上がるのよ
ネットだと顔見知りでないのをいいことに批評家や求道者気取りで他人の作品を叩いてモチベを折る奴が多いように感じる
人目に晒すなら叩かれる覚悟をしろってのは対価を得る作例の話で、趣味の作品まで叩いていい理由にはならないんだけどな
対価とか関係ないぞ
色んな感性の人がいる世界中に向けて公開してるんだから
ダサいだのカッコいいだの言われて当然
そして対価が無いのでそういう感想も評価も普通に価値がゼロなんだよ…ごくごく一部のプロも見てるかもしれんが対価も無いしほとんどは赤の他人のアマなんだよ…
イヤなら気にしなくていいのになんでそんなもんに価値を見いだしちゃうのみんな…
うちの叔父さんで七十近いんだが、バルサ材と真鍮線でテスタロッサ作ってたわ。
子供の頃だから二十年ちょい前の話。
※11
誰からでも褒められたら嬉しいしけなされたら傷つく…人間はそういうふうにできてるのよ
そのことの良し悪しの問題じゃないし、気にしなければいいでも済まないから厄介なのよ
ファミコンもなかったし、ゲームウォッチはあったけど
親に時間制限させられてたから
プラモをつくるしかなかったんだ
※14
そんなに繊細ならなんで不特定多数に作品晒してんだ…?もしかしてネットには自分と同じ趣味や感性の人ばかりとでも思ってんのかな…
※17
こうやって
あー言えばこー言うでとにかく他人に噛みつく事だけが目的になってしまっている人間は、普段の実生活でどんだけ欲求不満溜まっているのかかわいそうになってくる
小学生当時のキットのスコタコを降着出来るようにしたり、キット化前のスリングパニアーを自作したりする猛者が身の回りに居たな
今の目で見たらどんな出来なのか少し興味ある
当時、子供が作るガンプラがこのレベルだと、悪の組織ならガンプラで世界征服狙えたな
今時のレビューサイト
・ここ合わせ目出ます(減点)
・ここ色分けされてません(減点)
・ここ肉抜きあります(減点)
こういう不満からキットの出来が良くなるのは分かるけどさ…。
まあ器用な奴は子供でも十分ありそう
時代的に今おっさんモデラーやってる人が丁度この時期子供なんだしこの頃から起用にやって作品投稿してモデラー世界に入ったのかもしれないし
模型屋のおっちゃんが店番しながら作ってて子供はそれを見て影響されたりするし
道具の貸し出しなんかもあったりプラモ教室なんかやってるところもあって親子で始めるところも多かった
模型屋どころかおもちゃ屋も無くなってるから今の子はそもそもプラモデルを始めるきっかけがない
昔は無いなら作るしかなかったからな
キャラクターキットの全盛期がここいら辺で80年代末期から90年代は激減し
ガレージキットと完成品トイがホビー誌でも扱われるようになった
デュアルモデルやハイコンプリートモデルは高評価でも主流にはなれなかったから
手を動かすのをためらわない人多かったと思う
メーカー各社が撤退する中バンダイだけはガンダム以外も精力的に出していたのはもっと評価されるべき
ここまでのレベルはさすがにごく一部だと思うけど色塗るのは当たり前みたいな感覚は確かにあったな
昔の模型誌の作例はどこをどういじったか細かく書いてて参考にしやすかったのも影響してると思う
プラ板切り出し用の型紙が載ってた記事もあった
今の記事は概要しか書かれてないから真似したくてもやりようがない
キットの構造が複雑化しすぎて加工部をいちいち挙げてたらきりがないんだろうけど
下手すると、この頃のお父さん世代は、プラじゃなくて木なんだろうな。
そりゃフルスクラッチくらい当たり前じゃない。
パガン造るのに初めてバルサ材買った思い出
新着記事
人気記事
昔の応募作品紹介コーナー特有の、妙に辛辣なコメント大好き